小さい頃からずっとお世話になった、大好きだった叔父が、 昨日突然亡くなりました。
私は小学1年生まで東京で過ごしましたが、 叔父は電車で行けるところに住んでいて、 5つ年下のいとこの女の子をうちで毎日預かっていたので、 毎日会う親しい関係で、 とっても可愛がってもらった思い出があります。
岩手に引っ越してからも、 中学や高校の頃に単身で遊びに行ったり、 奥さんの叔母ともどもさばけた人柄で気を遣わず、 本当に良くしてもらいました。
そんなさばけた人柄は、 田舎者にはなかなか理解されず、 母や叔母とは良い関係が築けず、 帰省することは少なくなりましたが、
私の父が意識不明になった時、 いち早く駆け付けてくれ、 とても悲しんでくれた事もありがたかったし、 その後は毎年お盆になると、 墓の掃除代と言って現金を送ってくれて、 私はお返しに叔父の大好きな日本酒を送るという、 途切れない関係を私だけが続けて来ました。
今年のお盆に、いつも送ってくれる墓掃除代が届かず、 とても心配していたのですが、 調子が悪くて検査入院していると聞き、 とても嫌な予感がしました。
腰が悪くて手術したと聞きましたが、 その後の経過が悪く、 大きな病院で検査したところ、 ALSとの診断が下りたとメールをもらい。
ALSとは、筋萎縮症側索硬化症という難病で、 私の祖母が罹った病気です。 全身の筋肉が衰えて、 まったく動けなくなる病気です。
祖母は最終的に瞬きだけが出来る状態になりましたが、 今から30年位前の事ですから、 今の様に様々なサービスも整っていない中、 叔父が、瞬きの動きで会話できる機能のついた、 当時で30万円ぐらいするパソコンを買って来てくれて、 それで亡くなるまで意思疎通を図ることが出来ました。
何の因果が叔父が祖母と同じ難病を患い、 10月には飲み込みも悪くなって来た様だったのですが、 私は研修が続いていてとても行ける状況でなく、 せめて胃瘻になってしまう前に、 少しでも食べやすくて田舎を思い出してもらえるものをと、 名産のウニを送りました。
美味しかったとメールをもらい、 年が明けたらお見舞いに行くつもりでいました。
昨日の朝、 呼吸が苦しいと言って、 医師を呼んで応急措置をしてもらったそうですが、 その後も改善されず、 そのままあっけなく亡くなってしまったとの事です。
いつも自由奔放に暮らし、 憧れるような人生を送った叔父でした。 苦労も多かったとは思いますが、 恐らく幸せな一生だったと思います。
最期に会えなかったことだけが悔やまれます。
1月4日が火葬なので、 3日に会いに行って来ます。
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